『ファミレスを享受せよ』は月刊湿地帯のおいし水氏によって作られたインディーゲームである。
現在、フリーゲーム(無料)として、itch.io および ふりーむ! にて公開されており、誰でも気軽に遊ぶことができる。
ジャンルとしてはアドベンチャーゲームにあたり、ポイント&クリックでアイテムを調べ、キャラクターたちと会話をすることでストーリーが進行していく。
システムはオーソドックスではあるが、本作にはキラリと光る独自の魅力的な要素が数多く詰め込まれている。
それを順に述べていきたい。
”永遠のファミレス”という設定
主人公はある満月の夜、試験勉強の息抜きに「ムーンパレス」という初めて訪れるファミレスに足を踏み入れる。
注文をしてしばらく待っていたが、一向に頼んだものがやって来ない。
それどころか、気が付けばたしかにそこはファミレスではあるものの、先ほど入った店とはどうも様子が違っている。
おかしい、調べてみよう。
すると、店内には数名の先客がいた。
彼女たちに話を聞くと、ここは異空間にある”永遠のファミレス”であり、決して外には出られず、老いることも飢えることもなく、死ぬこともないのだという。
中にはすでに数千年をここで過ごしているという者までいる。
主人公はこの”永遠のファミレス”から無事抜け出すことができるのだろうか?
ファミレスという身近な存在が異空間に変貌するという奇妙な設定が、好奇心を掻き立てる。
そしてなにより『ファミレスを享受せよ』というタイトルが謎めいている。
”ファミレス”というカジュアルなイメージの単語と”享受せよ”という厳めしい響きの言葉のギャップに興味を惹かれる人も多いだろう。
このタイトルの示すところはゲーム序盤に明らかになるので、ぜひ”タイトル回収”を楽しみにしてもらいたい。
青と黄色、そして黒で描かれた世界
本作のビジュアルの特徴としてまず挙げられるのは、その色使いである。
ファミレスの窓から見える世界は黒一色で塗りつぶされている。
その真っ黒な夜空にぽっかりと浮かんだ満月とファミレスの店内は、すべて月光のような淡い黄色で描かれており、影はひんやりとした青で表現されている。
冴え冴えとした配色ではあるが、イラストはシンプルで柔らかなタッチで描かれており、全体的にはどこかほのぼのとしたムードさえ漂っている。
かなり独特のアートワークであるため、このゲームのスクリーンショットを見た人は本作をちょっと尖った作品だと感じるかもしれない。
しかし、このゲームは雰囲気を楽しむアート寄りの作品ではなく、明快なストーリーがあるアドベンチャーゲームとして作られている。
その筋書きも「分かる人には分かる」というようなフワッとしたようなものではなく、はっきりと起承転結があり、結末も分かりやすくできている。
ゆるくて魅力的なキャラクターたち
本作に登場するキャラクターに共通しているのは皆マイペースで話し方も穏やかで、どこか”ゆるい”雰囲気すら醸し出しているという点である。
”永遠のファミレス”に閉じ込められているという異常事態に置かれているにしては、どのキャラクターも実にのんびりとしている。
その境地に至るまでにはいろいろとあったことが会話の中から察せられるが、少なくとも現時点の彼女らは各々好きな席に座り、ときおり、いつの間にか補充されている飲み放題のドリンクバーを利用し気晴らしをするなどしてゆるりと時間を潰しているのである。
味わいのあるテキストで表現された彼女たちのセリフは、作品全体に落ち着きを与えると同時にからりとした明るさをも生み出している。
効果的に使われる音楽
そして、この穏やかなムードの演出にさらに一役買っているのは、音楽である。
BGMはすべて開発者のおいし水氏自ら作曲しており、全曲YouTubeにアップしてくれているので、ぜひ聞いてみてほしい。
思えば、自分が『ファミレスを享受せよ』にハマった瞬間というのは、おそらくタイトル画面で「過去を照らす月」の懐かしく哀愁を帯びたメロディを聴いた時だったかもしれない。
この曲でグッと心をつかまれ、作品世界に一気に入り込んだ気が覚えがある。
そして、ファミレス内で流れる「月の光」と「フライ・ミー・トゥー・ザ・レストラン」のどこか切ないような静かな旋律は、”ああ、今は安心していい状況なんだな”ということをプレイヤーに指し示してくれるのである。
この曲を聴きながら、キャラクターたちと穏やかな会話を交わしていると、とても心地良くなってくる。
プレイヤーをハッとさせる演出
しかし、『ファミレスを享受せよ』はただひたすら”ゆるい”だけの作品ではない。
先にきちんと起承転結がある物語だと述べたが、プレイヤーが油断しきったような絶妙なタイミングでストーリーは次の展開を見せてくるのである。
ハッとさせるような演出が随所に差し込まれ、それらは時には不穏さすら滲ませてくるほど劇的な効果を生み、プレイヤーに逡巡をもたらす。
他にも、ちょっとした謎解き要素や、試してみたくなるギミック、すぐさまキャラクターに話を聞きに行きたくなるような刺激的な話題など、プレイヤーを飽きさせない工夫がされている。
先の展開が気になって、ついついプレイを続けてしまうこと請け合いである。
最後に
本作は2~3時間ほどでエンディングにたどりつけるため、一気にクリアしてしまいたい人にもおすすめである。
なお、エンディングは大きく分けて2種類(セリフ差分で3種類)存在する。
深夜にプレイするとより一層作品世界に没入できそうだが、くれぐれも寝不足には注意してもらいたい。
そしてクリア後はきっとファミレスに行きたくなってしまうだろう。
来店前にはドリンクバーが併設されているかも確認しておいてほしい。
そして好みのドリンク片手に、思う存分ファミレスを享受せよ!